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京劇研究者の先輩のみなさん
はじめまして。
突然ですが、京劇に関連する夢を見ましたので午後のお茶の友に目を通していただければ幸いです。
夢は、京劇と同じで時間・空間を超越してしまいます。なかなかストーリー性のある夢をみることが出来ませんが、今回は、まとまりのある夢を見ることができました。
「教授の見た夢」の11回目の記録です。
2009年6月25日の夢
時は江戸時代。神田に小さな剣術道場がある。門弟は20人程度と少ないが各藩から選ばれた若い剣士が通っている。道場主は新藤孔明(筆者)という60を過ぎた老剣士である。
ある日、サルによく似た道場破りが来た。あれ!どこかで見た顔だが?
「そうだ! 京劇の孫悟空だ」。「なぜ孫悟空が神田に?」。「まぁ! いいか」。
立ち会ってみると、派手な衣装に似合わない沈着な剣捌きである。
「これは強い!」。いままで誰にも負けたことのない道場主の小生の背中に汗が流れた。結果は一勝二敗である。小生は最後に一勝したのだが、この一本は孫悟空が高齢の道場主の顔を立てて負けてくれたのだろうことは、打ち込みのあり方で分かる。 新藤孔明はじめての完敗である。本来なら道場の看板を持ち去られるところだが、孫悟空「今日は、たまたま私が勝ったが、貴殿の剣は守りの剣としては一流である。考えすぎるところが難点かもしれません。どうですか、酒でも呑みながら剣術の話をしませんか」と、有り難い思いやりである。
「我が道場にはビールと熊本の芋焼酎が常備していますが」。
孫悟空「できれば日本酒の冷があればありがたいのだが」。
ところが孫悟空は余り酒を飲まない。聞いてみると「昔、玉皇大王に桃園の番を命じられた時、お供えの桃を食べ酒を飲んで酔った経験があるので、最近は控えている」とのこと。しかし日本酒の冷が好きなようだ。
孫悟空はもともと顔が赤いのに冷酒で更に赤くなり「厳慶谷」と名乗った。11歳から剣術の修行をしてきた剣士であり、赤壁の戦いに周瑜軍の将軍として参戦したとのこと。「そうか、あの時、巧みな棒術を使っていた豪傑であったか」。
赤壁の戦いで石頭関の壁が赤く照らし出された光景が鮮やかに蘇った。
小生は、その日に厳慶谷と義兄弟の契りを交わした。
剣術の話は夜半まで続いた。
小生はビールと芋焼酎を飲みすぎたのか厠に行きたくなり目が覚めた。
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厳さんとは、先々月に上海京劇院で諸葛亮孔明の動作を指導していただき、先月日本居酒屋で一杯やって以来お会いしていないので、寂しさがつのり夢をみたのだろうか。厳さんとは6年来の親しい友であるが、京劇を研究している小生の師でもある。
10月の東京公演は心配していないが、秋口の新型インフルエンザが心配だ。
毎日の鍛錬を欠かさない孫悟空剣士なら病原菌に負けることはないだろうが。
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